季節のお菓子

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 六月

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早乙女

紫陽花餅(あじさいもち)

 雨あがりの空気は澄んで、田面の水に雲の影が過ぎていく。田植えに下り立つ早乙女の姿は、定(きま)って美しかった。菅笠に手拭、紺かすりの野良着がキリッとして、その藍の匂うような深い色、紅たすきのかれんで、かいがいしい、いでたちがなつかしい。

   けふばかり男をつかふ田植えかな   千代女

 早苗色に染めた白小豆のあん玉に、きんとん箸で金玉糖の太いそぼろを植えつけて、紅に染めた白小豆の甘納豆をあしらいに添えた菓子である。
 銘々皿は先代小堀宗明宗匠が指導された四日市の楽山作の糸切皿に、たっぷり水を含ませて、濡れた土味も味わって頂くつもりである。
 伊勢神宮には、内宮のお田植神事がある。楠部の神田を内宮では古来家田(やだ)と呼んでいる。お田植のことは俗にオミタという。大御田のことであろう。はやし田とも称される。笛、太鼓、小鼓にはやされて、白に赤を襲(かさね)た田植装束の早乙女は、たおやかである。長い竹の先に葉笹をのこした、えびす、大黒の大さしば(大団扇)を持った若者二人が田の中で、ゆっくりと右回りにめぐり、相競うように合わせる。えびすが勝てば浜方(漁師)、大黒が勝てば農民が豊年の予兆だそうである。大土御祖(おおつちみおや)神社に練り込んで、神田のお田植が無事にすんだ祝詞を捧げ、種まき、苗取り、田植、除草、収穫のさまがおもしろく演じられる。これは古来の田楽(でんがく)の一種で、田遊びという。自然と共に生き、大地の神霊に感謝と祈りをこめて、喜びを共にした姿である。

   さみだれや 田ごとの闇となりにけり   蕪村

   母よ―――
   淡くかなしきものふるなり
   紫陽花いろのものふるなり
   はてしなき並樹のかげを
   そうそうと風のふくなり

   淡くかなしきものふる
   紫陽花いろのものふる道
   母よ 私は知っている
   この道は遠く遠くはてしない道

 三好達治の「乳母車」と題する詩の第一節と第四節である。この詩に青春時代の感傷がよみがえって、幼い頃から目にしている古風な菓子をとりあげた。何のてらいもなく、飽きのこない菓子である。薄水色道明寺に、上りあんを包んで、氷餅をまぶしたものを南京染付皿に盛ってみた。
 桑名の夏まつりの花は、紫陽花に象徴される。この石取祭は昔、七夕の宵から始められた。梅雨があけず、よく雨が降った。町々の祭宿では、門に青笹を立てて、しめなわをわたし、紫陽花が生けられる。夜になると、子供は揃いの浴衣にちょうちんをさげて、古くからの祭唄を唄って練り回る。真夜中の午前零時、桑名宗社(通称春日さん)に総漆、金具、彫物、天幕をつけた豪華な、独特の石取祭車が灯をともして集結する。拝殿でうちならされる神鼓を合図に、一瞬静寂を破って、一斉に太鼓と鉦(かね)を叩き出す。その音は腹に響き、耳を聾するばかり、怒涛の押し寄せる凄味がある。桑名っ子は、御神事、天下の奇祭と称し、世間は気狂い祭という。
 翌日、本楽には、戦前四十五台、戦災後も復興して三十七台が順次に勇ましく騒がしく春日さんに練り込む。鉦・太鼓の勇壮な拍子と掛声、天高く御幣が風に揺れ、石取御神事と筆太に書かれたあんどんの下には、町印しの献燈十二張がゆれて、和ローソクの裸火が赤々と山車の漆に映える。街中の夜空を焦し、深夜まで引き回される。手の豆をつぶし、くたくたになるまで、鉦と太鼓を全身で打ち鳴らす熱狂ぶりである。近年祭日は改められて、八月の第一土・日曜日となった。梅雨もとっくにあけたころとて、紫陽花の季節も過ぎているのが寂しい。

   どんちゃんと囃すまぎれや星の恋   工十

 江戸中期の画家、俳人であり久波奈名所図会を画いている工藤十右衛門の句である。

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